サニーデイズ
第四話
「さっすがお兄ちゃん」
「…なんだよ」
「いちご、あつい!」
「あ、悪ぃ」
一護が手を止めたせいで、ドライヤーの熱風が髪に一点集中したルキアが文句を言った。わしわしと乱暴に髪をかき混ぜながらも、意外に繊細な動きでルキアの黒い髪に熱風を滑らせる一護の腕に、浦原は素直に感心した。一護と遊び疲れて、ピンク色のパジャマ姿になったルキアは気持ち良さそうに目を閉じている。
「よし、終わり!」
「うー」
最後のおまけに、寝ぼけていたルキアの鼻先に冷風モードにしたドライヤーの風を当てる。そのままスイッチを切った一護は、ふとあることが気になった。ちょうど後ろを向いていたルキアの、パジャマの首の後ろを引っ張る。確認してみると、現世の店のタグがついていた。
「この服、現世のか?」
「そっスよ。普通に外歩いたら透明人間ですけど、ウチで着る分には問題ないし」
「確かに、ずっと白い着物ってのもな」
「そうそう。折角の機会なんだから、色々着せないと」
「…アンタが言うと変態臭いな」
「もういっそ義骸用意した方が良さそうっスねぇ。下手にこの格好でうろつかれるより、人間の子供の振りしてた方が虚に狙われにくい。…黒崎サンと歩いてたら、妙な噂が立ちそうですけどね」
「何だよ」
「不審者で済めばいいですけど…隠し子、とか。…それにしちゃちょっと大きいですかね」
楽しそうな様子を隠しもしない浦原に、アンタなら変質者で通報されるだろ、と毒づいてみたが劣勢なのは変わらない。
「学校には何て?」
「体調不良だって言ってある。病弱で通してるから、誰も怪しまねぇだろ」
「…まだやってたんスか、猫かぶり」
「…おう」
浦原と一護が色々複雑な溜息を吐いた頃、当のルキア本人は一護にもたれ掛かって、本格的に寝息をたて始めていた。つついた程度では起きる様子のないルキアを抱えると、一護はルキアを布団に運び、ついでに気に入っているウサギのぬいぐるみを隣に押し込んでやった。ルキアがごろりと寝返りをうち、頬に触れる柔らかな感触に気付いたのか、腕にぬいぐるみを抱き込んだ。
「おやすみ」
柔らかくルキアの頭を撫でるのは、二人分の手のぬくもり。ルキアが眠りながらも満足そうに微笑んだのを見て、浦原と一護はそっと部屋を出た。
「…む…」
深夜、ふとルキアは目を覚ました。部屋の中には一人しかいない。静かな空間。けれど、もう知らない場所ではない。目を閉じると、人の気配がする。それも、もう知らない人ではない。それだけなら、少し寂しかったかもしれない。けれど、ルキアは一人ではなく、腕には白くてふわふわの大切なぬいぐるみがいた。その感触はルキアを励ましてくれるようで心地良く、これにしがみついていれば、少しも寂しくない。
なまえ、とルキアは思った。この腕の中のぬいぐるみに、名前をつけるのを忘れていた。名前をつけて、兄に教える約束をしていたのに。ぬいぐるみを抱きかかえたままころりと寝返りをうち、ルキアはぐるぐると思考を巡らせた。元気をくれたウサギには、とびっきりの名前をつけてやらなければならない。
「いちご」
頭の隅にふわりと浮かんだ名前を、ルキアは口に出した。黒い服を着たいちごは、頭を撫でて、大丈夫だと言って、外に遊びに連れて行ってくれて、ルキアを元気にしてくれた。しかも、いちごという響きは何だか可愛らしい。考えれば考えるほど、このうさぎにぴったりな、とびっきりの名前だと感じて、ルキアは嬉しくなった。明日には、兄に報告しよう。きっと兄は良い名前だと褒めてくれるに違いない。そう考えたら、ますます嬉しくなった。
「おやすみ、いちご」
めでたく名前が決まったウサギに改めて挨拶してから、ルキアは再び眠りに落ちた。この名前が翌日、氷雪系どころか炎熱系の勢力図まで塗り替えることになるのは、ルキアのあずかり知らぬところだった。