前を歩く小柄な死神をまじまじと目で追ってしまい、一護とルキアは慌てて目を逸らした。
しかし、気配に敏い席官は、眉をひそめて振り向いた。その姿は、一護とルキアがよく知っているものよりも、ずっとあどけなかった。
「……どうした?」
「いえ、何でもありません」
内心焦りながらも、何とか平静を装って答える。一瞬怪訝そうな顔をした砕蜂は、そうか、とだけ呟いて、そのまま立ち去った。彼女は上司以外のことには、ほとんど無頓着だ。
危ないところだった。この場所に潜入してしばらくが経ったというのに、記憶よりも若い知り合いに、まだ馴染めずにいる。
「修行が足りぬな、我々は」
「どうやって修行しろってんだ、こんなの」
「違いない」
ルキアは苦笑すると、一護を伴って足早に執務室へと向かった。そこで、やはり記憶よりも若い軍団長が待っているはずだ。
足元の廊下が軋んだ音を立てる。わざとやっている。足音をたてることで、気配すら消せぬ若輩者だと、暗に主張している。
執務室の扉を開ければ、そこには褐色の肌を持つ軍団長が、クッションの上で寛いでいた。
「お、来たか。まだ朝礼までは時間があるから、寛いでいろ。儂のようにな」
「夜一様!」
「固いことを言うな。仕方ないのう」
欠伸をしてクッションに頬を埋めた夜一は、砕蜂を横目で見ると、もぞもぞと起き上がって『んー』とも『うー』ともつかぬ声をあげ、伸びをしながら身体を起こした。ぶつくさと文句をたれながら子供のように頬を膨らませる姿に、窘めればいいのか和めばいいのかを決断しかねて、砕蜂が困り果てている。すっかりお馴染みとなった光景を微笑ましく眺めていると、金色に光る夜一の目が、不意に一護とルキアを捕らえて二人は身を竦ませた。
その反応を誤解したのか、夜一はからからと笑った。昔から、彼女は相変わらず天真爛漫で自由奔放だ。
「緊張するな。とって喰おうなどとは思ってもおらぬ。似ているなと思っただけじゃ」
「似ている?」
「うむ。浅野は、十三番隊の席官によく似たのが居る。今度会ってみたらどうじゃ? 小島は、儂の知り合いの子供にそっくりじゃ」
ゲホッ、と派手な音を立て、一護が不自然に咳き込んだ。それを視線で責めてから、ルキアはなるべく作り笑いを浮かべて、夜一に向き直った。
「お知り合い、でしょうか? 心当たりがございませんわ」
「ああ、朽木家のな。白哉坊と言うのじゃ。今度会わせてやる。その眼鏡をやめて、髪を黒くして、口調を変えれば、影武者になれるかもしれんぞ」
「朽木家ですか? 私にとても出来るとは思えませんわ。ましてや次期ご当主様にお会いするなんて、恐れ多い」
鉄壁のミス猫かぶりでルキアが応じた、ように見えた。けれども、一護には兄の名前を出された時点で、鋼鉄の猫に若干ひびが入ったのを察している。この話題は、ルキアの弱点のうちのひとつだ。それにしても、知り合いが皆若返っているのにも慣れないが、この猫かぶりにも相変わらず慣れない。隣で話しているのを聞くたび、うすら寒さが背中を這い登る。そのことについては常々不平不満を述べているものの、全く改善される様子はない。少しでも実像と違っている方がいい、とルキアは力説するが、実のところ、これは彼女の趣味なのではないだろうか。
ぼんやりと思考にふけっていると、執務室に恐ろしい速さで近づいてくる気配があった。夜一が一瞬遠くを見たが、それだけだった。
一護とルキアは、黙って気づかないふりをしていた。ここで、席官でもない隊士が、あの男に気付いてしまうのはおかしい。こんな風に気配を黙殺するのはいつものことで、遅刻ばかりしている男に、少しは生活習慣を改めろ、と胸のうちで毒付く。
来ていない死神は、もうあと一人だけだった。
突然扉が開き、共に居た隊員が振り返るのと同じタイミングで、一護とルキアは振り向いた。そこには、若い姿が最も馴染まない死神が、意図の見えない微笑を湛えて立っていた。
「スミマセン、遅刻っスかね?」
「遅いぞ。貴様が最後だ」
「ボクに構わず始めて下さいっていつも言ってるじゃないッスか」
「三席を無視して始められるか。そこに座れ」
遅れてやってきた死神は、事の成り行きを見守っている隊員を、ぐるりと見渡した。
「ごめんなさい」
全く悪く思っていない声で謝って、浦原喜助は薄く笑った。