「何だコレ? あ、一応注意書きついてるな」
「膨らませて使う携帯用義骸が二つか。何故、二つとも私なのだ? しかも、腕輪をつけているものと、普通のものがある」
「俺のは一体もないのにな」
「ネエさん、これなんスけど、何か薬の中で一個だけ色が違うビンに入ってる」
「……希釈済み、超人薬?」
「これ、記換神機か? えーと、噴霧型広範囲用。最後にこれでまとめて記憶変えろってことか」
「おい、ラベルついてるぞ!」
畳の上から一護の持つ記換神機を見上げていたコンが叫び、一護は慌てて記換神機を裏返した。そこには、『真央霊術院卒業偽装用』とはっきり書かれていた。他にも、『二番隊潜入用』など、幾つかの記換神機が荷物の中から見つかった。普段使っているものよりも少しだけ大きい。
「小さいのもあるぞ。なんだ、中身が少ないな」
幾つかの大きめな記換神機の下に埋もれるように、小さな記換神機が2つ入っていた。取り上げた記換神機を目の高さまで掲げて、ルキアが怪訝な顔をした。用意されている2つの記換神機の中には、2回分の中身しか入っていなかった。用途が書いていないということは、これは自由に使って良いということなのだろうか。
「予想外の奴らの記憶を消せるのは、2回が限度ってことか」
「そうなるな」
「ネエさん、現地調達できるんじゃないスか?」
「それでもいいが、入れ替わる記憶はランダムだからな……。なるべく、これを使った方が良いだろう」
小さな記換神機を舐めるように眺め、荷物の中に戻そうと思ったところで、ルキアの手から記換神機がぽろりと落ちた。
「おい、ルキ……っ……」
「……っ、大、丈夫、だな」
「……とりあえずはな。たかだか5分くらいでこれかよ」
「すぐに倒れないのは、あの男の技術力というわけか」
咄嗟にルキアの名を呼ぼうとした一護もまた、突如訪れた眩暈に片手で顔を覆った。しばらく二人とも無言で耐えていると、眩暈は、やってきたときと同様にあっという間に消えていった。眩暈の原因はわかりきっている。腕輪によって小さく抑えられた霊圧を元に戻せば、膨れ上がった霊圧に、身体が耐えかねて軋んだ。この眩暈は、つまりそういうことだった。
虚と戦う時も、ゆっくりとはしていられないことは明らかだった。たかが数分の装着で眩暈が起きるのだから、何日も装着し続けた後に腕輪を外せば、数日間は意識を失ってしまうことは確実だった。厄介な話だ。
二人は大きくため息を吐くと、再び残りの荷物を広げはじめた。
「こっちのは何だ?」
「『簡単・結界作成キット!』とあるな」
「幾つあるんだよ。絶対こんなに使わねえだろ」
一護とルキアとコンは、荷物の奥から見つかったふざけた呪具の数々に呆れながらも、一応ひとつひとつの荷物を確認した。
そして、一番奥から出てきたのは、夜の闇を閉じ込めたような、真っ黒な外套だった。とりあえず羽織ってみると、すぐに変化に気づき、一護とルキアは顔を見合わせた。
「成程、霊圧を遮断する外套というわけか」
「コレ着て、腕輪外せってことだよな、多分」
全ての荷物の確認が終わる頃にはすっかり日が落ちていて、荷物を元通りに戻した頃にはテッサイが部屋の外に来ていた。
「皆様、夕飯の準備が整っております」
漂う匂いは、いつも和食ばかりのこの家では珍しい、カレーライスの匂いだった。随分と嗅ぎ覚えのある匂いだと思ってルキアを見れば、ルキアはにんまりと笑った。
「カレーだけは、朝に私が作ったのだ。今日の夕飯は豪華らしいぞ。さあ、行くか」
「一人だけ早く行ったのはそういうことかよ」
「ああ。あと、眼鏡を買っていた」
「今日買いに行ったのかよ」
「俺様も一緒にな!」
「お前も一緒に行ったのか」
「あったりまえだ! 俺様とネエさんは一心同体なんだよ!」
一護を差し置いて、ルキアの買い物に付き合ったことが余程嬉しいのか、コンは胸を張ってふんぞりかえった。その仕草が何となく気に食わなくて、コンを畳に叩きつければ、ふわふわの身体から、意外に強力な飛び蹴りが繰り出された。しばらく続く攻防を、ルキアはどこか楽しそうに眺めていた。風が通ったのか、カレーの匂いが一瞬強く横切った。早く夕飯が食べたい。
「行くぞ、たわけ共」
笑いながら立ち上がって部屋を出れば、慌てて一護とコンも続いた。呑気で幸福なカレーの匂いは、浦原商店中に漂っていた。
翌日の昼、一護とルキアは勉強部屋に立っていた。ルキアの肩の上には、コンが乗っている。
二人と一匹の前には、浦原が立っていた。その後ろでは、テッサイが既に準備を整えている。
「それでは、今から穿界門を開きます。アタシの鬼道を目印に走ってください。行き先は、200年前の……あの虚が現れる、半年前ってトコっスかね。やること、覚えてます?」
「当たり前だろうが。何回聞いたと思ってんだよ。一旦現世に降りて、そこから穿界門を開いて流魂街に行けばいいんだろ」
「間違えて直接乗り込まないで下さいよ。潜入どころか、旅禍として追われるハメになりますヨン。それはそれで楽しそうっスけどね」
「たわけ。それは貴様の鬼道次第だ」
「そりゃそうっスね。それじゃ、いきますか」
浦原が右手を握り締めてまた開くと、その手の上に白い光の玉が現れた。光の玉はかすかにきらきら光る霊圧の跡を残しながら、ふわりふわりと穿界門の前へと移動した。
「……皆サン、どうかご無事で」
「お気をつけて!」
「気を付けろよ!」
同時に聞こえたテッサイと夜一の声に笑顔を返すと、光の玉を追いかけ、一護とルキアはまっすぐ前を見て走りだした。霊圧の光は、時折儚くゆらめきながら、彼等を導いた。
「……着いたな」
「本当に、着いてしまったな」
「ここが、過去?」
白道門を眺めながら、一護とルキア、コンはそれぞれに呟いた。遠目に見る瀞霊廷の様子は、自分たちが知っているものとさほど変わらないように見える。だが、ここは紛れもなく過去だった。あの門の向こうには、若い姿の知り合いが、何も知らぬまま、数多く潜んでいる。
「さて、どうする」
「どうするも何も、やるしかねえんだろ」
「そうだな。……まあ、まずは、これか」
「報告書っスか?」
「そうだ」
どこからともなく紙とペンを取り出したルキアは、さらさらと文字を書き付けた。
『無事に着いた』
その下に、二匹のウサギと一匹のライオンを描いて、ルキアは懐から、オレンジ色の蛍光ペンを取り出した。片方のウサギに色をつけると、ルキアは満足そうにそれを一護に掲げた。
「どうだ」
「この時代に、蛍光ペンなんてあってたまるかよ。アホ」
「やかましい。見られなければいいだけだ」
ルキアは紙を丁寧に畳むと、自分の懐に仕舞い込んだ。今の自分は、姿も霊圧も何もかも違っている。この紙は、本当の自分を思い出すお守りのようなものだった。
そんなルキアの気持ちをとっくに察しているのか、ルキアの濃茶の髪をゆるりと撫でると、一護は前を見据えた。黒い髪を、鬱陶しそうにかき上げる。
「行くぞ、お前ら」
「ああ」
「任せとけ!」
零番隊隊長が、強く言った。その命令に、隊員は迷うことなく従った。過去の世界へ、『浅野太郎』と『小島花子』は踏み込んだ。