「決行は?」
「……明後日、ってところだな」
「え?」
驚きの声をあげたのは、意外なことにルキアだった。問いただすように一護を見たが、一護の視線を受け止めて、すぐに口をつぐんだ。
一護は一同を見渡すと、満足気にひとつ頷いた。
「そういうわけだ。ヨロシクな。っていうワケで、これで解散でいいか?」
「待て」
「ん? なんだよルキア」
話を終わらせようとした一護を制したのは、他ならぬルキアだった。一護は意外そうな顔を見せたが、ひとまず聞く体勢に入った。
ルキアは、ちらりと部屋を見渡した。一護が外套を脱ぐにあたって、ここには霊圧を漏らさないように呪具が仕込んである。それを視界に入れて、ルキアは白哉の前へと移動した。
「一護。霊圧を解放しろ」
「はあ? なんで」
「やかましい。いいか、私は、私の隊長が侮られるのは我慢がならぬ!」
子どものように言い切ってから、呆気に取られている一護を睨む。一護はしばらく固まっていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「白哉、どうすんだよ」
「この方を侮るな。たわけ。いずれ、朽木家の当主になる方だぞ」
ルキアを止める死神は、誰もいなかった。そこにいる皆、この零番隊隊長の力を見たいと思っていた。それは、一護を信用したはずの、総隊長や平子も同様で、底光りする目を一護に向けていた。
「……あー、じゃあ、ちょっとだけな」
ぽりぽりと頬を掻いていた一護は、不意に真顔に戻ると、霊圧を解放した。
白い羽織が、金色の霊圧に煽られて舞い上がる。誰もが、息を呑んだ。ゆうに隊長格の二倍はあろうかという霊圧が、部屋の中で溢れた。みしり、と結界の歪む音がする。一護は、慌てて霊圧を抑えた。
「あっぶね。……これで、満足か?」
「ああ」
白哉の前に立ち、一護の霊圧から庇っていたルキアは、身体をずらして振り返った。
志波海燕を、視界の端に捉える。海燕の方を見て、ルキアは少し照れたように笑った。それは、宝物を自慢する子どもの顔そのものだった。
「これが、私の隊長です」
誰もまだ、今見た光景から立ち直れてはいなかった。はじめて目の当たりにした霊圧の奔流が、残像となって視界を灼いている。
「よし、今度こそ終わりだな。んじゃ、解散」
「ほな、行ってくる」
「頼んだ」
「何回言うつもりや。任せとけ。アンタこそ見つかったら、ありとあらゆる手で粘着的に監視されるで」
「わかってる」
解散を宣言されて、すぐに踵を返したのは平子だった。捨て台詞に、一護が苦笑した。既に、16年に及ぶ監視を経験している。
扉が開け放たれ、外の空気が流れ込んだ。部屋をたしかに包んでいた緊張感が解け、白哉はひっそりと息を吐いた。その拍子に、ふとどうでもいいことが気になって白哉は顔をあげた。
「あなた達はどこに泊まるのですか」
「え? まだ決まってはいませんが……。どうとでもなります」
「な、ならば、私の屋敷に滞在してください! 部屋はいくらでもあります!」
「へ?」
「白哉坊、気持ちはわかるが、当主にどう説明するつもりじゃ」
「そ、それは……。おい、何がおかしい、化け猫!」
「す、すまぬ……。あはははは!」
必死な白哉の姿に、耐え切れずに夜一が笑い出した。よく見ると他の面々も笑いを堪えていて、笑われる理由がわからずに白哉の頬は屈辱で紅く染まった。
「いや、すまぬ。……そうじゃな、儂の屋敷に引き取るか。白哉坊、そちらの当主にも話はつけておく。泊まりに来い。白哉坊だけというのも面倒じゃな。ここにいる全員、うちに泊まるか」
「いいのか!?」
「勿論じゃ。貴様らも、文句は無いな?」
「ああ。ありがたいくらいだけど、いいのか?」
「いいに決まっておる。話ももっと聞きたいしな。では、決まりじゃな。とりあえず儂の家に行くか。……お主は、一旦十三番隊に戻るか?」
「あー、ちょっと隊長ごまかして、すぐ行きます。こんな機会、滅多に無いし」
海燕はにやりと笑って請け合った。あっさりごまかされることになった隊長に関しては、今更なので誰も哀れんだりはしなかった。
とりあえず話が纏まったのを見て取ると、一護がルキアの正面に立った。意図がわからずに、ルキアは不思議そうな顔をして一護を見上げた。
「とりあえず、一段落だ。もういい」
「そう、か」
一護の声に、ルキアは頷きかけた。けれど、頭をずらした瞬間、もうルキアは意識を失っていて、崩れ落ちる身体を一護が支えた。
「な、どうしたのですか!?」
「寝てるだけだ。心配いらねぇよ。どうせ、ほとんど寝てなかったんだろ」
ルキアの身体から一護の肩へとよじ登っているコンに視線を流せば、神妙な表情でひとつ頷いた。コンは、一護が消えた後のルキアとしばらく一緒にいた。その間のルキアは、眠るどころか、まともに休んですらいなかった。その後、どこかの時間に飛ばされたルキアが、何をしていたかはわからない。けれど、離れていた相棒と再会するまでは、神経は張り詰めていたはずだ。
ルキアの身体を横抱きにすると、自分によく似た顔が苦笑していた。
「アンタが居ない時、ボロボロだった」
「だろうな。別に離れたくて離れたワケじゃねぇけど」
「アンタ達、まだ何か隠してるだろ」
「……隠してるっつーか、言えねぇ」
「そか」
案外あっさりと引いた海燕に、一護の方が驚いた。目を見開いた一護の顔を見て、海燕が堪えきれずに吹き出した。
「アンタみたいのが零番隊隊長なんだな」
「……悪ぃかよ」
「悪くねぇよ。むしろ、いいくらいだ。もっとお高くとまったヤツかと思ってた」
不意に、海燕の頭の中に、かつて『小島花子』と語り合った記憶がよぎった。彼女の正体を知ってしまえば、あの言葉が誰を指しているのかは明らかだ。
彼女が『自分がいないとどうしようもない』と評した隊長は、ぽかんとしたままこちらを見ている。まだ何かを隠しているとわかっていても、心から信じられる、不思議な死神だった。ただ立っているだけで、人目を惹きつけて、無関心ではいられない。
「一護、ルキア。あと、コンとか言ったな。行くぞ」
「ああ」
夜一が声をかけ、一護と海燕は振り向いた。夜一が促すとおり、副隊長を抱き上げたまま立ち去る死神を見て、海燕はなんとなく笑った。アイツはイイ奴だ、と何故だか確信してしまった。