「零番隊副隊長。……朽木、ルキアです」
「なんじゃと……!? 朽木……?」
「私の家の者……?」
「……昔、縁があって、この苗字を名乗らせてもらっているだけです。だから、貴方と私に血の繋がりはありません。ご安心下さい」
白哉を安心させるように、朽木の姓を名乗った死神は微笑んだ。こくこくと頷いてみたが、やはりまだ信じられない。夜一や海燕も、品定めするように二人の顔を見比べている。
「へぇ。それにしちゃそっくりっスねえ。本当は隠し子か何かじゃないんスか?」
「朽木家は貴方とは違います。自分の爛れた生活と同じように考えないでください」
「……何か、アナタ方、アタシに妙に冷たくないっスか? そこのぬいぐるみ、アナタの義骸に入ってた義魂丸デショ?」
「なんだよ文句あるのかウルセーな! 変態に変態っつって何がワリーんだこの変態! あ、俺様の名前はコン! 俺様が零番隊を率いてんだよ! ヨロシクな!」
「こら、コン。いくら本当のことでも、そんなに連呼しては心が傷つくかもしれぬだろう。傷つくほど繊細な心根を持っているとはこれっぽっちも思わんが、まあ、念の為」
「こら、その辺でやめとけ。まあ、はじめに変態っつったの俺だし、全面的に同意するけど」
「ヒドイ!」
零番隊隊員たちの手ひどい物言いに、浦原はよよと泣き崩れた。けれどその小芝居に取り合う者は誰もおらず、夜一は幼なじみをぞんざいに窘めた。無駄話よりも先に、聞きたいことが山のようにあった。
「喜助。お主が変態なことなど今更じゃ。浅野、いや、黒崎隊長。貴方が零番隊隊長なのはわかりましたが、一体何を……?」
一護は夜一の質問には答えず、神妙な顔をした。どうしたのですか、と再度問えば、今度は途方にくれた顔つきになった。
「なんか、その口調と呼び方慣れねぇな。一護でいいし、敬語も要らねぇ」
「はぁ? いいのですか、じゃなくて、いいのか?」
「おう」
無邪気に笑われて、夜一は面食らった。しかしすぐに気を取り直す。聞きたいことはまだ聞けていない。こんなことで動揺している場合ではない。
「で、一護。何をやっておったのじゃ」
「虚退治、だな」
「虚、というのは、あの虚か?」
「ああ。攻撃、効かなかっただろ?」
一護の言葉に、夜一と海燕は片眉を跳ね上げた。一護の言葉には、身に覚えがあった。まるで虚の皮だけを纏ったからっぽの人形を攻撃しているかのような手応えのなさは、はじめて味わうものだった。
「アイツは、俺しか倒せない。現時点では、だけどな。だから、俺が来た。なるべくこっそり倒したかったから、まあ、二番隊に潜入する手筈を整えてもらって」
そこで一護は、ちらりと総隊長を見た。総隊長は、その時のことを思い出したのか、少し笑って頷いた。
「突然現れた死神に、零番隊の隊長だと言われた時は驚いた」
「……知らんかったんかい。じゃあ、何で信じたんや? 怪しいやろ、どう考えても」
「信じるに足るものを持っておった」
総隊長の回想に、平子は思わず突っ込んだ。その言葉に反論の余地が無いのは、一護とルキアも不本意ながら認めるところだ。信じてもらえなかったに違いない。一護が、『未来の総隊長からの手紙』を持っていなければ。
瀞霊廷に潜入してから、一護とルキアは真っ先に総隊長の元へと向かった。そして未来からへの手紙を差し出し、一護とルキアはすぐに認められた。何せ、手紙をしたためたのは、総隊長の思考回路を誰よりも熟知している、未来の自分自身だ。
「それで、二番隊に入って、隠密機動であの虚を待ってた。……まさか分裂するとは思わなかったけどな」
「あの虚が分裂して、我々はそれぞれに虚を追いかける羽目になりました。この男は、別の場所へ。私は、同じ場所で潜伏した虚を待ちました。そして、虚に出会った」
「それが、儂らを襲った時か」
「ええ。驚きました。とにかく貴方がたの動きを止めるのが先決だと。……そうだ。あの時、私はズルをしていました。本当は、貴方の方がずっとお強い」
柔らかく笑んだルキアに、少しだけ気にしていたことを告げられて、夜一は視線を逸した。『ズル』の正体はわからないが、嘘では無さそうなので、内心安堵したのはここだけの話だ。
「あの虚を追って、今度は私が別の場所へ行きました」
「で、入れ替わりに俺が戻ってきた。コンにルキアの代わりをさせて、何とかごまかそうとしてたんだけどよ、気付いた変態が一人いたんだよ。夜一さんも、もう思い出せるだろ」
「……あ、あの時か! そうじゃ、してやられたの」
「それを記憶置換でごまかして、しばらくしたら、コイツから連絡があって」
「虚を追っていたら、目の前に白哉様がいて。必死でした。……必死すぎて、申し訳ないことをしました。すみません」
「……そうじゃ。何故、白哉坊の首を締めた」
夜一の瞳が、僅かに剣呑な色を帯びる。それを受け止めて、ルキアは薄く笑った。
「貴方は、優しい。怪しい死神が倒れていて、それが今まで正体を偽っていた部下だったとしても、すぐに牢には入れないでしょう。それどころか、総隊長が言っても、牢に入れることを反対するかもしれないと思いました。白哉様と一緒に虚に襲われただけの、通りすがりの死神のままでいるわけにはいきませんでした。何としても、一番隊の地下牢に入る必要がありました」
もう一度謝ろうとしたルキアを、白哉が制した。白哉の脳裏には、首を締められる直前のことが浮かんでいた。
「謝るな! 私を助けようとしなければ、貴方は逃げ切れたはずだ! それに、私の首を締める前にも、謝っていただろう!」
「本人がそう言っておる。いい加減、泣きそうな顔をやめたらどうじゃ」
「……すみません」
小さく呟いたルキアは、少しだけ微笑んだ。それを見て、白哉が大きく頷く。ルキアの頭の上に、ぽんと一護の手がのせられた。一瞬だけ頭を撫でて離れていった動作は自然で、誰も違和感を感じなかった。ただひとり白哉だけが、胸がちくりと痛んだのを感じたが、気のせいだと思うことにした。
「牢の中で、貴方がたとお話しして、その夜コンと入れ替わりました。腕輪と外套しか押収されなかったと聞いて、私達以外の誰かが何とかしたのだと思いました。それで、ひとまずは、身を隠していました」
「誰か、とは」
「あの男でしょうね」
「じゃあ、アタシのところに入った窃盗犯も?」
「それもあの変態だろ。せっかく苦労して俺様が潜入したのに、何にも無くなってて、とんだ無駄足だったぜ」
浦原の問いにコンが答え、無言のまま佇む仮面の男に、一同の視線が集中した。けれどその男は喋る気は無いようで、肯定も否定もせずに肩をすくめた。
話は、そこで途切れた。妙な沈黙を振り払うように、白哉は気になることを尋ねた。
「さっき、虚は分裂したと言ったな」
「ええ。もう一体います」
白哉の声に、ルキアが頷いた。一護が、その言葉の後を引き取る。
「まだ、終わってない。あいつは出てきたら俺が倒す。だから大人しくしといてくれって言っても、アンタ達聞かねぇよな?」
「当然っスね」
真っ先に頷いたのは浦原で、一護はげっそりと息を吐いた。諦めたのか、まっすぐ前を向いて一護は言った。
「じゃあ、協力してくれ。なるべく被害を出したくねぇし、なるべく気付かれたくねぇ」
「具体的には、何を?」
「……虚を、無差別におびき寄せようと思います。狙いの虚は我々が倒すので、他の虚を、平子隊長を除く方々に。ただし、白哉様は、コンと共にいてください」
「待て待て。俺以外ってどういうことや」
「貴方には、別のお願いがあります」
「……アンタが個人的に怪しんでる奴、いるだろ。そいつから、絶対目ぇ離すな。二番隊の事務仕事、全部持ってけよ。とにかく目の届く範囲に括りつけとけ」
一護の言葉に、平子の人をくったような笑みが吹き消えて、一瞬だけ笑顔の仮面に覆われていない素顔が現れた。その瞬間、品定めするように走った視線を、一護はまっすぐに受け止めた。
すぐに、平子の口の端は吊り上がった。それは、さっきまでの笑みと微妙に性質が違っていた。
「……俺はアンタらのこと、信じとらんかった。怪しすぎやろ。でも、今、信じたで」
「……頼んだ」
その場にいた死神たちは、説明を求めるように一護と平子とを見た。けれど、どちらも黙りこくったまま、無言の問いには答えなかった。