爆音と共に虚が倒れる。ルキアは重力とは反対の方向に、身体が持ち上がるのを感じた。
 爆風の余韻が消え去らないうちに、白と黒の塊は、縺れ合うようにして打ち上がった。崖下から飛び出してきた塊は、崖の上に着地してしばらく転がった。
 その場にいた者は、総隊長と狐の仮面を被った男を除いて、驚きに目を丸くした。転がってきたのは、白いマントを羽織った男と、死覇装を纏った女だった。男の髪は、太陽のように鮮やかなオレンジ色をしている。
 ルキアは、固い地面に着地したとわかってもなお、腕の力が緩められずにいた。目眩を感じて、目を閉じて両腕に強く力を込めた。相手は、黒い外套の上に白いマントを羽織っている。布の多さがもどかしかった。

「……っ……! お、そいのだ! たわけが!」
「悪ィ。寝てた。無茶しすぎだろ、お前ら」

 かけるべき言葉を悩みに悩んで、出てきた言葉は結局いつも通りの憎まれ口だった。きっと、ひどい顔をしている。けれど片手で一護の後頭部をひきよせているので、本人には見えないはずだ。
 しばらくの間そうしていたが、周囲に沈黙が落ちた所で、ようやく驚いていた面々の思考能力が回復した。多少気まずさの滲む沈黙を察したのか、一護とルキアも顔をあげる。すると、固く抱きしめ合っている自分たちの有様が注目を集めていることに今更気づき、二人は弾かれるように離れた。一護は、ギャラリーの中に総隊長がいることに気づいて、驚いたように言った。

「バレたのか?」
「ああ。二人で儂のところに乗り込んできた」

 大きく頷いた総隊長に、一護は苦笑した。その言葉に、ルキアは、複雑そうな戸惑った目で白哉を見た。その視線に気づいて、総隊長は言葉を繋げた。面白がっているのを隠しもしない声だった。

「儂は正義なのだから、お主も正義だと言って、大した剣幕じゃった」
「……全く。困った人ですね」

 苦笑するルキアの、どこか途方にくれたような声の調子は優しい。
 白哉はルキアに声をかけようとした。しかし言葉を探しあぐねているうちに、夜一に先を越された。

「浅野、か? なぜ、貴様が天踏絢を纏っておる!」
「ん? あー、心配すんな。これ自前だから」
「はぁ!? 自前……!?」

 少し前に行方不明になった部下が、オレンジ色の髪をなびかせてにかりと笑う様に、夜一は開いた口がふさがらなくなった。
 相変わらず、真実は謎のままだ。ただ、この男は虚を退治した。ならば、やはりこの不思議な死神は『正義』なのだろう。そう思い至ったとき、夜一の心はいくらか軽くなった。
 幾つもの視線が、『説明しろ』と無言で訴えているのに気付いたのか、一護はぽりぽりと頬を掻いた。そして意を決すると、仕方ねぇな、と呟いて笑った。その独り言はしっかりと聞かれていて、真横にいたルキアは小さく息を吐いた。

「ジイさん、関係者集めてくれ。コイツら、このまま帰れって言ったって聞かねぇだろ」
「ほう。良いのか?」
「仕方ねぇだろ」

 一護はそっとルキアの様子を伺った。視線が絡み、ルキアも同意見であることを悟って、一護は肩の力を抜いた。

「あの、ところで、あれは」
「え? ……ああ、ただの変態です。多分害はありません。でも、変態がうつらないように近寄らないほうがいいですね」
「は?」

 白哉がおずおずと気になって仕方ないことをルキアに問いただした。突然現れた狐面の男は、黙りこくったまま、ひっそりとその場に佇んでいた。
 ルキアの暴言が届いたはずだが、気にした様子もなく、軽く肩をすくめる。どうやら敵ではなさそうなので、白哉はルキアの指示に従った。


「なんだってんだよ一体……」
「全くっス。まあ、それがやっとわかるらしいんスけどね」
「オイ、コラ。何で俺が呼ばれとんのや。どんな状況や、コレ」
「それは儂らの台詞じゃ。何故貴様がここにいる。平子隊長」
「知らん」

 一番隊の隊首室に集められたのは、夜一と白哉、浦原に海燕、そして、五番隊隊長の平子真子だった。今までまるで関わり合いの無かった隊長の登場に、周囲どころか、本人までも戸惑っているようだった。

「揃ったようじゃの」

 頷きながら部屋に入ってきたのは総隊長で、誰もが説明を求めるようにその動きを見守った。けれどやはり自分で説明する気はないようで、自分が入ってきた扉をじっと見つめた。自然、部屋にいた者全員の視線が扉へと集まった。
 扉が、動いた。

「……な、」

 その光景を見て、部屋の中に居た死神は全員息を呑んだ。
 美しいオレンジ色の髪に、まばゆい白の羽織が映える。それは、間違いなく、隊長しか着用を許されぬ、隊長羽織だった。背中に書かれた、『零』の文字が鮮やかに翻る。
 そして、その横に佇む黒髪の死神の腕には、同じように『零』と書かれた副官章が括りつけられていた。ついでに、その肩に乗っている黄色いぬいぐるみも、『零』と書かれた羽織を着ている。しかし、ミニサイズの羽織はどうみても手作りだったので、あまり注目は集められなかった。

「零番隊隊長。黒崎一護、だ。ヨロシクな」

 白哉も夜一も海燕も、浦原でさえ、開いた口が塞がらなかった。正体の知れぬ王属特務の長が、今、目の前にいる。

「……何を正直に自己紹介しておる! このたわけ!」
「いってぇ! 何すんだルキア! 別にいいだろうが!」
「貴様はな! 私はどうするのだ! しかも、どさくさに紛れて名前を呼ぶな! 『私は実は小島花子が本名なんです』作戦が水の泡ではないか!」
「なんだよその頭悪そうな作戦!」

 更に驚いたことに、零番隊隊長は、自己紹介の次の瞬間に張り飛ばされていた。その行動と、何よりその乱暴な言葉づかいに、その場にいた者たちは再び固まった。

「……あー、えーと、お前は自己紹介ナシって方向でいいんじゃねぇ?」
「……そういうわけにもいかんだろう、この空気は」

 はあ、と大きな溜息をついて周囲を見れば、確かにこれ以上の秘密は許されない空気がその場所に満ちていた。白哉は、小さく声をあげた。

「ほんとうの名前は、ルキア、と言うのですか」
「ええ」

 黒髪の死神が、諦めたように頷く。その響きは、彼女にとても似合っているように思えた。

「綺麗な名前だ」
「ありがとうございます。……とても、気に入っているんです」

 予想外に華やかに微笑まれて、白哉は頬に血が上るのを必死に抑えた。目の前の死神は、柔らかい笑みを引き結ぶと、隊長と同じように名乗った。告げられた名前に、白哉は本当に驚いた。



<前へ>  / <次へ>