前を見据えて歩く白哉の背中を、夜一は見守った。時折すれ違う死神が、朽木の御曹司をぎょっとした表情で見たが、それには気づいていないようだ。
夜一は歩きながら、何度も何度も考えを巡らせた。白哉の行く先が、自分の想像と違うことを祈った。だが、想像と同じ場所を白哉は目指した。ざわり、と心が総毛立つ。何もわからなかった。この先に何が待ち受けているのか、何も。
白哉はぴたりと立ち止まると、目の前の建物を眺めた。夜一の予想は、当たった。
やはり、ここに着いてしまった。
「行くぞ」
「ああ」
迷うことなく、白哉は一歩踏み出した。
白哉と夜一は、誰にも邪魔されること無く、拍子抜けするほどあっさりと目的としていた部屋の前にたどり着いた。途中何人かとすれ違ったが、怪しまれている様子はない。当然だろうな、と夜一は思う。
白哉が、目の前の扉を押した。夜一の心は、もう騒いではいなかった。腹を括って前を見れば、目的の人物の後ろ姿が目に入った。真正面にある窓の外を、立ち上がって眺めている。少し音を立てて部屋の中に入れば、部屋の主はゆっくりと振り返った。
室内に、明かりはついていなかった。窓から差し込む逆光で、部屋の主の表情はわかり辛い。
「貴方……だったのですね」
まっすぐに前を見て、白哉が呟いた。目の前の相手は、微動だにしない。ただ、ちらりと片目を開けて、闖入者を眺めた。それだけだった。
それだけの動きに圧倒されながらも、夜一はにやりと笑った。冷や汗が浮いているが、目の前の子供に無様な格好は見せられない。
「山本元柳斎重國。今回の連続虚襲撃事件の首謀者は、総隊長じゃ」
今度は夜一が口を開いた。
それなりの威力を期待した一言は、相手に少しの動揺ももたらしはしなかった。
長い髭が僅かに動いた。どうやら、笑っているようだった。
「成程。儂が首謀者か。つまり、儂が死神を殺そうとしておったということじゃな」
総隊長の一言に、僅かに夜一は怯んだ。もう、間違い無いとわかっている。それしか考えられない。
総隊長ならば、隊員の配属に手心を加える事など造作も無い。
入隊の書類には、自分の他に誰の捺印が必要か。そして、あの女を一番隊の地下牢に入れろと命令したのは誰だったか。二番隊の隊長や朽木家の御曹司が襲われるという事件に、緊急隊首会を開かず、各隊長に待機を命じたのは誰なのか。
ただひとつ理由だけが、夜一の頭の中には浮かばなかった。何故この人が死神を襲わねばならないのか。ずっと信じていたものが崩れる感触に、夜一は慄いた。
「ちがう!」
鋭い声に、夜一は目を見開いた。総隊長の言葉を否定したのは、白哉だった。そう隊長は片眉を吊り上げ、片方の目で白哉を見た。
「何が違うのじゃ」
「貴方は正義だ!」
「待て、白哉坊。どういう……」
「貴様こそ、何故わからぬのだ! 全ては明らかではないか!」
白哉の剣幕に、夜一は面食らった。白哉は、この場所に自らの意思で辿り着いたはずだ。瞬きを繰り返していると、白哉は総隊長に向き直った。
「総隊長! 貴方はあの女の仲間だ! そして、貴方は正義だ!」
白哉と自分の出した結論が違うことに、夜一は戸惑った。総隊長は、微動だにせず白哉の言葉に聞き入っている。
「つまり、あの女もまた正義だ! 違いますか!」
総隊長が、はっきりと笑った。
夜一は、白哉と総隊長とを交互に見た。わけがわからなかった。頭の中に、あの二人の姿が浮かぶ。
「中々、面白い仮説じゃ」
「どこか、違う所がありますか」
白哉の強い眼差しを受け止めて、総隊長はひとつ頷いた。言葉通り、本当に面白がっているようだった。
「首謀者は、儂ではない。儂は協力しただけじゃ」
「貴方ではない……? では、誰の企みですか」
総隊長は、はて、と首を傾げた。その仕草はやはり、どこか面白がっているようだった。
「首謀者は、あの男、ということになるのじゃろうな」
「浅野、か……!? 総隊長、あやつらは一体……!」
問い詰めようとした夜一と白哉に、総隊長がふと視線を持ち上げた。その一瞬後、地下から小さな振動が伝わった。そして、あり得ない場所を、二人の席官が移動している。
「な、あやつら、どこを」
浦原と海燕が、おかしなことに、地中をまっすぐに進んでいるように感じる。わけがわからず、総隊長を問い詰めようと視線を上げた瞬間、別の気配が夜一の神経を掠めた。次の瞬間、白哉が弾かれたように顔をあげた。
「……虚……!」
あの虚の気配がする。
「……ここで来るか。待機命令を継続しておいて正解じゃな。貴様等はどうする。この件は、放っておいても片付くぞ」
「行くに決まっています」
ここに来れば、全てが明らかになると思っていた。けれど、それは甘かったようだ。真実が欲しければ、自分でつかみとりに行くしかない。
夜一は歯を食いしばると、窓の外へと踏み出した。白哉もまっすぐそれに続く。ちらりと横目で総隊長を見ると、白哉は問うた。
「あなたは、どうする」
「そうじゃな。見物というのも、悪くはない」
総隊長もまた、一歩踏み出した。虚の気配は、まっすぐに二人の席官へと向かっていた。