二番隊での特訓を終え、疲れ果てた身体を引きずって一護は隊舎へと戻った。もう日は沈みきっている。道すがら、相棒はまだ戻っていないかもしれない、と考えていたが、どうやら杞憂だったようだ。隊舎とは名ばかりの、小さな家からはたしかに人の気配がする。風向きが変わり、温かな食事の匂いがゆるりと横切った。
「ただいま」
「おかえり。今日はギリギリ間に合ったな。まさかとは思うが、夕飯の後も特訓か?」
「いや、今日は終わり。お前は?」
「私もだ。荷造りでもしておけ、と言われたな。一護、ご飯をよそってくれ」
エプロン姿のルキアが、7時を指している時計を見て笑った。こうして7時ちょうどに、隊舎で食事をするのは久しぶりのことだった。総隊長から仕事の依頼を受けて数ヶ月になるが、その間、自分達はほぼ別行動で、互いに駆け回っていた。ここ最近、ずっと地下にある修行部屋に篭っているルキアが、何を叩き込まれているのか知らない。おそらく、自分達のあずかり知らぬところでも、準備が着々と進められているのだろう。出発予定日は、もう一週間後に迫っていた。
「……ハンバーグ?」
「たまにはな」
夕飯のメニューを見て驚いた一護に、ルキアが得意げに口の端を吊り上げた。白い皿の上には、気持ち良い小判型に整えられた、ハンバーグが盛りつけられている。艶やかな半熟の目玉焼きが乗ったハンバーグの横には、黄金色に揚がったエビフライまで添えられていて、いつも和食ばかり作っているルキアにしては、珍しい。
「もうすぐ出発だろう。しばらくは食べられなくなるからな」
「それもそうか。何か、お子様ランチみてぇだな」
「私もそう思った」
明日の朝はホットケーキだ、とルキアは笑い、普段よりもずっと洋風の食卓を囲んだ。しばらくは、最近何をしていたかを報告し合っていたが、ふと沈黙が訪れた。一護は、ずっと心に引っかかっていることを口にした。
「なあ、この仕事どう思う」
「……胡散臭くはあるな」
「何隠してんだろうな、あの人」
「詮索したところで、口は割らぬだろうがな」
本当に厄介な男だ、と呟きながら、ルキアはハンバーグの欠片を口に押し込んだ。あの胡散臭い強欲商人が、本当に全てを話したとはとても思えなかった。それは、今までの経験を踏まえれば、当然の結論だ。そして、自分達はきっとまた、あの男の想定通りに動くのだ。それがわかっているから、腹立たしい。大きく息を吐くと、一護は瑞々しいトマトを口に運んだ。噛むと、汁が口の中で弾ける。新鮮な生野菜が、疲れた身体を少しだけ癒してくれる気がした。
「200年前、か」
どちらともなく呟いた言葉は、二人だけの食卓に重くのしかかった。
「食べ終わったら、コンでも捜しに行くか」
「ああ。そうだな」
昼までは一護と一緒にいたはずのコンは、気づけばどこかに消えていた。それは今に始まったことではないが、7時に間に合わないのは、どこかで新たなトラウマでも増やしているのだろう。気配をたどって、回収してこなければならない。できるだけ、全員で一緒に居たい、と二人とも無意識に思っていたことには、気がつかなかった。