零番隊隊長黒崎一護は、その日、朝から庭の草むしりに勤しんでいた。零番隊隊舎として与えられたのは、総隊長の『適当な家を見繕う』という宣言通り、本当にただの一軒家だった。隊員二人とぬいぐるみ一体からなる隊に、食堂が与えられるはずはなく、四番隊が掃除に来てくれるはずもなく、家事の全ては二人で分担している。食事については、他隊の食堂を借りても良かったが、どこも微妙に遠いので、何となくルキアが作り始めてから、そのままになってしまった。自動的に、少々の後ろめたさを感じた一護が、何となく掃除担当になった。仕事の状況や気分によって、何となく役割を交代しながら今に至る。別に苦ではないが、時折ものすごく面倒くさいのと、どこか納得行かない気持ちはある。例えば、今がそうだ。他隊の隊長は、隊舎の草むしりをするのだろうか。
 家の中から、軽い足音を立ててルキアが走り出てきた。料理の途中だったのか、白いエプロンをしていた。

「一護!総隊長から呼び出しだ!」
「は?珍しいな」

 草むしりの手を止めて、一護は立ち上がった。そして、無意識のうちに一番隊隊舎の霊圧を探り、眉をひそめる。総隊長の気配の隣に、ここにいるはずのない霊圧がふたつ。妙な顔をしているルキアも、既に同じことに気付いているのだろう。

「……何で来てんだ?」
「あの男が絡むとしたら、確実に厄介事だろう。急ぐぞ。嫌がらせをされたら面倒だ」

 隣に来ていたルキアに白い羽織を手渡され、一護はそれを羽織った。エプロンを取り、肩にコンを乗せたルキアを背に乗せて、地面を蹴る。瞬歩を使えば、一番隊隊舎までは十分もかからなかった。

「お久しぶりっス、黒崎サンに朽木サン」
「元気じゃったか?」

 総隊長の隣にいたのは、予想通り浦原と黒猫姿の夜一だった。一護とルキアは、本能的に逃げ出そうとする身体を何とかとどめた。
 浦原喜助が絡む用事に、ろくな事が起きたためしがない。二人と一匹は、警戒心をむき出しにして浦原を睨んだ。

「何をしに来た」
「なんスかその胡散臭そうな目。ひどいっスねえ。アタシが何したっていうんスか」

 さも傷ついたように嘆く浦原に、二人と一匹の目が若干の殺意を帯びたところで、ぴしりと小気味良い音が響いた。思わず斬魄刀に手をかけていた一護とルキアがそちらを見れば、机を尻尾で叩いた黒猫が、溜息を吐いてその様を見ていた。

「察している通り、厄介な仕事の依頼じゃ。とりあえずそこに座れ」

 『厄介』と明言された仕事に、思わず眉根を寄せた一護とルキアは、不服そうな顔をしながらも大人しく椅子に座った。無言を貫いている総隊長を伺うように見れば、重々しい咳払いがあたりに響いた。

「虚を一匹、退治して欲しい」
「……虚?どこに出たのですか?」
「大体200年前っスね」
「は?」

 一護とルキアとコンが、揃って首を傾げた。その反応に満足したように、浦原が説明をはじめたが、その内容を聞くにつれ、二人の顔は曇っていった。

「藍染の作った虚っス。現時点で、能力について明らかなことはひとつ。あの虚は、時間を移動する」

 『時間を移動する』という単語が耳から脳に達するのに、少しの時間を要した。固まってしまった二人と一匹を、浦原は相変わらずの胡散臭い笑みで見守った。

「ちょっと待て。んな事出来るのか?」
「断崖を自由に移動できるみたいっス。おそらく、拘突とほぼ同じものを作ろうとしたんでしょう。断崖を自由に動けるなら、時間を自由に移動することも可能っスね」

 断崖でのデタラメな時間軸を幾度か経験したことがある一護は、納得したように息を吐いた。けれど、まだ聞かねばならぬことは、山のように残っている。

「で、時間を移動する虚をどうやって捕まえるんだよ」
「簡単な話っスよ。……過去に行って頂きます」
「成程。簡単過ぎて頭が痛いな」

 話の展開に、ルキアが片手で顔を覆った。何から質問をすればいいのかを考えあぐねている間に、口を開いたのは総隊長だった。

「過去の藍染惣右介に、あの虚が接触するのを阻止せねばならん。崩玉によって生み出された虚が、藍染惣右介と出会えば……歴史が変わる。世界は崩壊することは、何としてでも防がねばならん。秘密裏に、あの虚を倒せ」
「それだけなら、我々でなくとも良いでしょう」
「それが、良くないんスよ。相手は紛い物とはいえ『拘突』っス。黒崎サン以外に倒せない」
「……成程。だから俺達か」
「全く納得したように見えぬぞ。何か他に質問があるのか?」
「……何から聞けばいいのかわかりませんが……。とりあえず、扉の後ろの方々は何でしょうか?」

 ルキアが横目で確認した重厚な扉は、固く閉ざされている。自分達が呼び出された時は誰も居なかったはずだが、先程から、よく知った霊圧がひとつ、またひとつと扉の向こうに集まりつつあった。とてつもなく厄介な予感がして、なるべく触れないでおこうと思っていたが、さすがに自分の兄の気配を感じては、黙ってはいられなかった。
口を開くと、一護から恨みがましい視線を送られた。一護も目を逸らしたままでいたかったらしい。

「過去に行ってもらうと言ったじゃろう。何のために儂が喜助と共に来たと思っておる。もう入っても良いぞ!」

 夜一がにやりと笑い、扉が開いた。そこにいたのは、京楽と浮竹、卯ノ花に砕蜂。そして最後に足を踏み入れたのは、朽木白哉だった。

「総隊長の話を聞いておらんかったのか?『秘密裏に』倒せと言っておったじゃろう。貴様等は過去に行き、二番隊に入隊する。配属先は、隠密機動第一分隊、刑軍じゃ。そこで、虚の斥候を担当する。虚が出れば、真っ先に駆けつけることになる。その虚を、藍染に気付かれずに倒すにはうってつけじゃ」

 完璧じゃ、と言って笑う夜一を、一護は胡散臭そうな目で見た。

「んな都合のいい事、出来るワケねぇだろ」
「できますよ。そのためのアタシ達と、協力者っス」

 浦原が笑えば、何故か一護とルキアの背に悪寒がはしった。ルキアの肩にしがみついていたコンが、反射的に逃げ出そうとしたのを、隣にいた一護の手が捕まえた。

「一護! 何しやがる!」
「うるせえ! 一人だけ逃げんじゃねえ!」
「だってアレ絶対ヤバいだろ! テメエも逃げたそうな顔してんじゃねえか!」

 口喧嘩をはじめた一護とコンを尻目に、ルキアはおずおずと口を開いた。視線の先には、複雑そうな顔をしている、義兄の姿があった。

「あの、それで、兄様は一体何故……」
「……協力を頼まれた」

 少しだけ不本意そうなのは、協力を頼んだのが夜一だからなのだろう。そこまではわかったが、その後の言葉が続かずに黙りこくってしまったルキアと、自分からは何も告げようとしない白哉に、苦笑しながら京楽が口を挟んだ。

「200年前のことを、なるべく君達に教え込むのが『協力者』の仕事だよ。第一分隊刑軍、しかも虚の斥候なんて、優秀じゃないとなれないしねえ」
「200年前……浦原が隊長になる前だな?懐かしいなあ!あの頃の白哉はまだ死神じゃなくて、可愛かった……。って、霊圧を上げるな!怖いじゃないか!」
「兄が余計なことを言うからだ」

 浮竹の思い出話を、白哉が冷ややかな目線で遮った。ともかく、目の前にいる隊長格たちは、自分達をスムーズに過去に潜入させるために呼ばれたらしい。

「ともかく、世界の命運がかかっておる。……宜しく頼む」

 自由奔放な隊長格達に呆れたのか、総隊長が大きく息を吐いた。その姿に多少の哀れみを感じつつ、一護とルキアはその仕事を引き受けた。はじめから拒否権がなかった事に関しては、見ないふりをした。


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