浦原は小石をつつきながら、じっと考え事をしていた。小さな石を積み上げて、出来る限り高い山にしてみる。単純な作業だ。当然すぐに飽きた。
 幾つかの小石を弄びながら、浦原は立ち上がった。ささやかな山は、足でぎゅうぎゅうと踏みつければあっさりと崩れた。
 樹の葉越しに届く日光が、風と一緒にちらちらと揺れるのをなんとなく眺めていると、目の前に、何人かの死神の影が横切った。顔は覚えていないが、二番隊だ。ここは二番隊の敷地内だし、何よりも服装が違う。
 大木の陰に寄り添って、気配を消している自分に気付いていないのが面白くて、浦原は持っていた小石をひとつ投げつけた。目測通り、ぴしりと誰かの頭に当たり、頭に衝撃を受けた死神は、不思議そうに周囲を見渡している。その姿がまぬけで、浦原は声を殺して笑った。
 手の中にある石はあと3つ。ひとつ、ふたつと連続して投げた。まるで通り魔だ。一人は席官だったというのに、その中の誰も、浦原の姿に気づかない。おかしくて仕方ない。
 手に残った石は、最後の1つになった。どうしようかと思っていると、ちょうど眼鏡をかけて銀色の腕輪をつけた二人組が、目の前を通りかかった。
 このどこか浮いている二人を、夜一は殊の外気に入っている。それは、二人ともが知人に似ているからというだけではない。どんな仕事もそつなくこなす二人は、単純にその有能さを愛でられている。まるで教える前から知っていたようじゃ、と満足そうに夜一が笑う姿を、もう何度も見ている。まだ席官ではないが、刑軍に入ったのは異例の抜擢だ。相応の戦闘能力がつけば、すぐに席官になる。それは、遠い日のことではあるまい。

「ん?」

 思わず声を出してしまったのは、一瞬男の方と目が合った気がしたからだ。だが、すぐに思い過ごしだったかと思う。改めてまじまじと観察しても、二人はただ前を見つめて、歩き去っていく途中だった。
 手の中の小石を、男のほうに向かって投げてみる。こつり、と頭に当たった。衝撃のあった場所を押さえて立ち止まると、心配そうに横で歩いていた女が見上げた。

「んん?」

 今度は、女の方と目が合った気がした。けれどどれだけ見つめても、女は男の方ばかり気にしている。男が大丈夫だと宥めて、二人は再び歩き出した。

「えーと、名前、何だっけ」

 脳をフル回転させれば、割とすぐに答えは見つかった。浅野と小島。席官ではない。席官ではないのに、気づいた。いや、気づいたなら何故避けなかった?

「気付いたと、気付かれたくなかった。……気のせいっスかね」

 最近とにかく退屈していたから、暇を持て余した頭脳が、ありもしない視線をでっちあげた可能性もある。どうなのかなあ、と呟いている浦原の口元は、笑みの形に歪んだ。

「何をしておるのだあの暇人は」
「三席って暇なのか?」
「さあな。全く、どうせろくでもないことを考えておるのだろう。……しかし、気付かれたな」
「多分な」

 ルキアと一護は、同時にため息を吐いた。自分たちが一瞬流してしまった視線に、あの男が気付かないことがあり得るだろうか。答えは決まっている。気付かないふりをしてとりあえず石にあたってみたが、大した効果は無さそうだった。あの男の有能さは、この時代にあってもとにかく厄介なだけでしかない代物で、ルキアは、どうしたものか、と呟いて諦めたように小さく首をふった。次の瞬間、突然一護に腕を引かれた。同時に、一護の胸元に頭を押し付けられ、ルキアは呻いた。

「何を……ああ、そういうことか」

 抗議の声をあげようとしたルキアだったが、途中で一護の意図を悟って抵抗をやめた。ついでに、おずおずと一護の腰に手を回してやる。
 しばらくそうした後、そっと離れると、一護を見てルキアは照れたように笑った。一護は相変わらず仏頂面をしていて、演技力の無い男だとルキアは心の中で罵りかけてやめた。普段から仏頂面で通している男なので、あんがいリアリティはあるのかもしれない。何より、にこやかに笑って自分を引き寄せる一護など、想像すらできない。
 ルキアは、額だけを一護の胸元に押し付けた。ぽすん、と軽い音がして、一護の手が頭を撫でる感触に、思わず演技ではない笑みがこぼれた。

「……アホくさ」

 木陰から、抱き締め合う一護とルキアを見ていた浦原は、何となくやりきれない気持ちになって息を吐いた。まさか影から覗いている者がいると思っていないのか、堂々と見せつけてくれる。その頃にようやく、浦原は夜一から聞いた、とてもどうでも良い情報を思い出した。

「そっか、恋人同士だったっけ。じゃあさっきのも、イチャつくタイミングを図ってただけっスかねえ……って、まさかね」

 恋人と触れ合いたくて、視線を周囲に配っていた。納得できる結論ではある。本当にそうだろうか、と浦原が首を傾げている間に、二人は歩き去ってしまった。
 たしかに、見られたと思った。それは、偶然の出来事だろうか? もし偶然でなければ、あの二人は、視線に気づいて、それどころか視線の主に悟られたことにも気づいて、演技をしていたことになる。浦原の視線の先では、二人のつけている揃いの腕輪が、太陽に反射していつまでもきらきらと光っていた。

「……これで誤魔化せたと思うか?」
「難しいところだな。貴様は絶対的に演技力が足りぬ。……でも、もう少しだ。何とか誤魔化せる」
「そうだな」

 ルキアの横顔からは、何の表情も伺えなかった。もう少しで、自分たちはここを離れる。早く帰りたい、と思ったのは、少し前のことだ。ここには、目を逸らさなければいけないことが多すぎた。
 もう少し、ともう一度噛み締めるように呟くルキアを、一護は複雑な表情で見つめた。この時代で彼女を襲った恐慌は、自分よりもずっと大きいはずだ。
 たまらなくなって、一護はルキアの頭に手を置いた。もうすぐ、本来の自分たちの世界で予言されていた日付が来る。そこですべての元凶である虚を倒せば、元の世界へと戻ることができる。

「早く帰ろう、私達の家に」

 囁かれた言葉は互いの本心だと信じて、一護は頷いた。



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