流魂街の外れにいたのは、ソウル・ソサエティを追放されたはずの男だった。

 打ち捨てられた民家の影すら遠く、大小さまざまの岩ばかりの場所に、二人の男が立っていた。岩の間を通る風が、ひゅうひゅうと鳴っている。その不気味な音を無視し、浦原は無言で地面を掘ると、目的の箱を探り当てた。その箱は、薄い灰色をした、四角い石の塊のように見えた。ちらりと後ろを振り返れば、浦原を咎めるでもなくただ見守っていた総隊長が重々しく頷いた。
「喜助。勿体ぶるな。早く開けろ」
 浦原の肩に乗った黒猫が急かせば、浦原は苦笑して箱に霊力を込めた。すると、切れ目などなかったはずの滑らかな表面に、ぴしりと音を立てて一本の傷が走り、箱は真っ二つに割れた。左右に別れた箱が、ごとりと鈍い音を立てて浦原の足元に落ちたが、それには見向きもしなかった。箱の中のものは、狙いすましたように浦原の両手の上にふわりと着地した。
 中に入っていたのは、たくさんの紙。長い時を経て古くなったそれらは、端が茶色く変色している。それは、一通を除いて何も書かれてはいなかった。唯一文字が書いてある紙を手に取ると、浦原はそれを総隊長に渡した。

「無事に着いた……か。途方も無い話じゃ」

 重々しく溜息を吐いた総隊長に、浦原が苦笑した。黒猫は、浦原の肩からぐっと身体を伸ばし、目の前にあった白紙の紙をつつきながら、思い出すように目を細めた。

「二百年以上前か……。まだ喜助が隊長にもなっておらぬ頃じゃな」
「そっスね。卍解覚える直前じゃないスか?」
「残りの紙は読めるか?」
「ええ。すぐ読めますよ」

 浦原は懐から無色の液体で満たされた霧吹きを取り出すと、何も書かれていない紙へと吹きつけた。すると、紙の上に文字がはっきりと浮かび上がった。

「震点に天踏絢……中々派手に暴れたようじゃな」

 その内容に、夜一が楽しそうに笑い、ひらりと浦原の肩から飛び降りた。戯れに箱の残骸を前脚で叩くと、頑丈だったはずの箱は一瞬でぼろりと崩れ落ち、粉になって風に乗った。

「こっちは報告書みたいっスね」
 別の紙に液体を吹きつけ、浦原がちらりと横を見れば、山本元柳斎重國は黒猫に初めの紙を押し付けて、既に浦原達に背を向けていた。
「解読できたら報告せい。ついでに準備も任せる」
「準備、結構時間かかりそうっスけど」
「構わん。万全の準備が必要じゃ。……それに、今回の件に、時間など無意味じゃ。それがある限り、『無事に』着くのじゃろう」
 了承の印に、浦原は笑ってみせた。総隊長はそのまま振り向きもせず、己の仕事場へと向かった。

 夜一は初めの紙を眺めた。目の前には、200年以上前に書かれた、古い手紙が置かれていた。そのはじめの一通には、『無事に着いた』という几帳面な文字の羅列と、二匹のウサギ、一匹のライオンのイラスト。
 風は相変わらず、ひゅうひゅうと鳴っている。風に煽られて、幾つかの小石が舞った。攫われてしまわないように、夜一は前脚で古ぼけた紙をしっかりと押さえた。ふと、幼馴染の帽子は何故飛ばないのだろうと、どうでもいいことが頭をよぎった。

「時間など無意味、か。確かに途方も無い話じゃ」

 オレンジ色の髪のウサギと長い前髪のウサギを前足で撫でながら、夜一は堪えきれぬように笑った。
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