「全く。前代未聞じゃ」

 涅ネムが朽木ルキアの元を訪れる三日前、緊急隊首会がひらかれていた。
ルキアが霊圧を取り戻してから十日後、唐突に隊首会を招集した総隊長は、全隊長格を前にして、大きく息を吐いた。現時点ではこの判断が最善だという自信はあるが、今後この判断を、導火線に火がついているとわかっている爆弾を、放り出したようなものだと後悔しない自信はなかった。
 各隊の隊長と副隊長、そして十三番隊の第三席二名が、黙ったまま総隊長の言葉を待っていた。総隊長は心を決めると、重々しく咳払いをして言葉を吐いた。

「……隊長を一人、増やす」
「増やすって、簡単に言うねえ」

 総隊長の言葉に、呆れた声をかけたのは京楽だった。隊長になるには幾つかの条件が要るが、そのどれもが、総隊長の独断で何とかなるような代物ではなかった。

「儂以外に、適当に誰か推薦しろ」
「滅茶苦茶言うねえ。じゃ、ボクが推薦しようかなあ」
「俺は反対だぞ!反対反対!」

 総隊長の案に乗りかけた京楽に、浮竹が噛み付いた。口には出さないが、誰が新たな隊長になるのか、その場にいる全員がわかっていた。

「で、黒崎一護は何番隊の隊長になるんですか?」

 喚く浮竹に冷たい一瞥を寄こしてから、日番谷が総隊長に聞いた。あえてはっきりと名指しした日番谷に、浮竹が恨みがましい視線を送る。
 隊長不在の三番、五番、九番隊の隊長が、食い入るような目で総隊長を見ていた。
 その視線に一抹の申し訳なさを感じながら、総隊長は言い切った。その数字に、隊長格は驚きで一瞬固まった。

「……零」

 それは、長い時を経て、自然消滅した伝説の隊の名前だった。沈黙に耐えかねたのか、総隊長は大きく咳払いをした。

「仕方あるまい。護廷に不安が広がっている以上、象徴が必要じゃ」

 象徴、と総隊長は重々しく口にした。ごく最近、連続して起こった大虚襲撃事件で、護廷には口には出せぬ不安が広がっていた。誰もが、数十年前のことを思い出していた。崩玉をめぐる戦いの傷跡は、未だソウル・ソサエティの深い部分を侵食し続けている。
 もう大丈夫だ、と黒崎一護は言った。しかし、もう大虚が連続して現れることはないというその言葉だけでは、護廷に蔓延した不安は消えなかった。
 ならば、最もわかりやすい存在を、最もわかりやすい場所に祭りあげてしまえばいい。

「でも、隊の創設となると、人はどうするの?今、どこもかしこも人手不足なのに」
「しばらくは、隊長と副隊長がいればいい」
「副隊長の人選は?」
「黒崎一護に一任する」
「うっわあ」

 京楽はさすがに同情して、浮竹をちらりと見た。案の定、浮竹は世界の終わりのような顔をしていた。
 黒崎一護が誰を副隊長に選ぶのか、皆もうわかっていた。というか、他に思いつかなかった。そして、優秀な第五席どころか、第四席まで隊から抜けることが確定してしまった浮竹に、誰もが同情の視線を送った。

「連絡は以上。本人には、後日正式に通達する」

 そこで隊首会を打ち切った総隊長は、隊長格にくるりと背を向けて退室した。それと同時に、空気がざわめいた。

「女性死神協会に、新しい理事が……。これは、緊急招集の必要がありますね」

 にっこりと笑って卯ノ花が呟けば、七緒が己の隊長には目もくれず、女性死神協会の会議日程を調整するために足早に部屋を出て行った。

「浮竹、諦めなよ」
「いや!まだだ!俺は諦めんぞ!そうだ、朽木は副隊長になりたがらなかったじゃないか!そうだよ、今回も断るかもしれない!」
「見苦しいな」
「ああっ!隊長!……ちょ、砕蜂隊長!何てこと言うんですか!まだわからないじゃないですか!」

 砕蜂にあっさりと両断され、浮竹は撃沈した。心配そうに第三席に二人が駆け寄る。しかしその二人の表情にすら、最早諦めの色が出ていた。
 それぞれの隊長格が、『大スクープ!次の特集!独占インタビュー!』だとか、『松本!正式な通達があるまで騒ぐんじゃねえぞ!』『こんな大々的に隊首会を開いたら、どうせすぐ広まっちゃいますよう』だとか、思い思いの言葉を呟きながら、部屋を後にした。その中に、『殺り甲斐がある』とか、『益々瓶詰めにしたくなったじゃないカネ』とか、物騒な言葉が含まれていたのは、今更なので誰も取り合わなかった。
 どやどやと隊長格が去り、最後まで残ったのは、六番隊の隊長と副隊長だった。隊首会の間も黙りこくっていた二人は、やはり黙ったまま、物思いにふけっていた。

「……隊長」
「何だ」
「どうなるんですかね、あの二人」
「……どうせ、変わらぬままだろう」
「そっスね」

 白哉の言葉に、恋次が吹き出した。そしてようやく、このニュースへの嬉しさが湧いてきた。思えば、本当に久々の明るいニュースだった。強引に零番隊を復活させると言った総隊長の判断は、やはり正しかったのかもしれない。

「アイツ、いい隊長になりますよ」

 恋次が笑って請け負った。ルキアの霊圧が戻ってから、一護は変わった。その理由はわからないが、もう以前のように、無謀な修行で怪我をすることは無くなっている。そして、仕事も、以前のように追い詰められた仕事ぶりでは無い。既に無くてはならない存在になってしまった席官を手放すのは惜しいかもしれないが、浮竹への同情よりも、どんな隊長になるのか見届けたいという好奇心の方が勝っていた。
 しばらくは二人だけの、異質すぎる隊は、どうせまた大騒ぎの種を作り出すにきまっている。その騒ぎが、不本意ながら少しだけ楽しみでもあった。騒いでいる方がずっといい。もうあの二人の思いつめた顔は見たくない。

「行くぞ」

 結局最後まで自分の意見を言わなかった上司を、恋次は苦笑して見つめた。けれど、どうせ彼も、頭の中は義妹への贈り物や、言うべき隊長格の心得などで一杯なのだろう。

「置いていかないでくださいよー」

 間延びした声をかけ、恋次は白哉を追いかけた。それが、隊長と副隊長の象徴的な姿のように思えて、恋次は一瞬、微笑んだ。


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