「ネェサーン!退院おめでとうございます!」
「ああ、コン。ありがとう」

 泣きながら抱きついたコンを苦笑して受け止めると、ルキアは改めて自分の部屋……もとい、一護の部屋を見渡した。
 相変わらず小奇麗に整頓されているのは、ルキアが入院している間に、一護が掃除してくれたのだろうか。そんなことを考えていると、一護が姿を現した。退院するルキアを迎えに来てくれたのは一護だったが、部屋に着くなり、一護はどこかに消えてしまった。

「何をしていたのだ。……うむ?何を持っている?」
「退院祝いだ」
「何だこれは?食べ物か?」

 差し出されたのは白玉で、ルキアは器を持ち、様々な角度から、その丸くて白い物体を眺めた。その姿に一護は溜息をつくと、いいから食え、とルキアの持っている硝子の器を押しやった。一護の手には、もう一つ同じ器が握られている。これは、自分の分なのだろう。

「……うまい!何だこれは!もっと寄こせ!」
「まずはそれ食いきってからにしろ」

 夢中になって二つ、三つと口に運ぶ。五つ目を口に入れる頃には感激も落ち着き、口を動かしながら、談笑する余裕ができた。

「これは、私の好物だったのか?」
「ああ。白玉のために、お前は俺を売ったことあるな」
「成程。たしかにこれは一護を売ってでも手に入れたい味だ。味覚は変わらないものだな」
「おい」

 感心したようにルキアは頷くと、スプーンをくわえたまま、ぽつりと呟いた。

「あの子供にも、食べさせてやりたい」
「そんな子供、いねえっつってんだろ」
「……嘘だな。貴様、あの子供が誰なのか知っているのだろう」

 黙り込んだ一護に、嘘が下手すぎると言ってルキアは笑った。白玉を食べながら、ルキアは考えを巡らせた。一護が黙っているあの子供の正体は、誰なのだろうか。

「私の、弟か」
「違う」

 何だそれ、と一護は呆れた。その表情を見て、本当にハズレだな、とルキアは見当をつけた。弟ではない。それでは一体誰なのか。弟でないとすれば、残る可能性はひとつしかない。

「まさか……息子か」
「違う!誰がテメーの息子だ!」
「何を聞いているのだ。無論、あの子供に決まっているだろう。またハズレか」

 妙に勢い良く否定した一護に、呆れるのはルキアの番だった。さて、とルキアは考えた。弟ではない。息子ではない。肉親ではないのに一護は隠したがっている。それはつまり。

「知り合いか。まさか、もう会っているのか?」
「あ、会ってねえよ!」

 一護の動きがぴしりと固まった。それを見て、当たりだと見当をつける。はたして、それは誰なのだろう。ルキアは白玉を食べながら首を傾げた。思い当たる人物が一人。ルキアはそれを口にした。

「……日番谷冬獅郎」
「……お前、それ絶対本人に言うなよ。身長で連想しただけだろ」
「違ったか」

 ルキアは再び考え込んだ。自分が知っている死神達の中に、日番谷以外で、あの子供に該当しそうな人材はいなかった。ルキアは考える事をあっさりと諦め、別の手段に出ることにした。

「朽木白哉兄様。阿散井恋次。浮竹十四郎。虎徹清音。小椿仙太郎。えーと……」
「当たるまで言い続ける気かよ」

 ルキアの意図を悟った一護が、うんざりと息を吐いた。ルキアは指を折りながら、知り合った死神達の名前を羅列していく。当初の目的は忘れられ、単なる記憶力テストの様相を呈してきたルキアの言葉に、一護は眉間の皺を増やした。

「卯ノ花烈。虎徹勇音。山田花太郎。コン。……黒崎一護」

 名前を教えてもらった全員を言い切り、妙な達成感にルキア笑った。そして、知らぬ間に、最後の最後で子供の正体を言い当てていた。

「居たか?」
「居ねえよ。会ってないって言ってんだろ」

 一護は、嬉しそうに尋ねるルキアから目を逸らした。その言葉の嘘にすぐに気づき、ルキアは唇を尖らせる。

「貴様、上司に隠し事とはいい度胸だ。話せ!」
「お断りします」

 無表情を取り繕った一護には、取り付く島もない。むう、と唸ったルキアは、唐突にスプーンを持って一護を襲撃しようとした。腹いせに、一護の持っている白玉を奪ってやるつもりだった。白玉を人質にすれば、きっと一護も降参して何か話すかもしれない。話さなくても、自分は白玉が貰える。どちらに転んでもルキアにはおいしい話で、名案だと思った瞬間、ルキアはそれを行動に移していた。

「隙あり!」
「どっちが!テメーの行動なんかお見通しだ!」

 これまでも白玉を巡り、似たようなことを繰り返していた一護は、絶妙のタイミングで硝子の器をひょいと抱え込み、ルキアの襲撃をやりすごした。虚しく空を切ったスプーンを握り締め、ルキアは唸っていた。

「くっ…!このタンポポ頭め!コン!こやつを取り押さえろ!」
「了解っス姐さん!って、ギャー!」
「誰がテメーなんかに取り押さえられるかよ。これで我慢しとけ、チビ」
「これしきで満足できるか!チビとはなんだチビとは!」

 飛びついてきたコンを片手で受け止め、そのまま思い切り放り投げると、一護はルキアからスプーンを取り上げ、自分の器の白玉をひとつすくってルキアに返した。それをしっかり口に入れて咀嚼してから、ルキアは吼えた。

「私の背が小さいのはな、きっと何か事情があるんだ!これから成長するんだ!莫迦にするな!」
「そうですねー」
「許さぬぞ一護、許して欲しければその白玉をすべて私に……よこ、せ……」
「……どうやって食うんだよ。寝てる癖に」

 一護が最後に呟いた言葉は、ルキアの耳に入っていなかった。スプーンを握りしめたまま、ルキアは再び眠りに落ちていた。

(つまりだ、一護。これから白玉は三人前用意すればいいんだ)

 ルキアがそんなふざけたことを言い出したのは、いつだったか。結局それからも白玉は人数分しか用意されず、一護とルキアは白玉を食べる度に、熾烈な争いを繰り広げることになった。そうして大抵は、白玉は彼女に取り上げられてしまった。……そしてその代わり、別の日にこっそりと、一護の机の上にお菓子が置かれていた。少し前のはずなのに随分と遠い、昔の話だ。

「お前が食えよ。俺の分じゃねえぞ。チビが」

 ふざけんな、と言いながら、一護は硝子の器に残った白玉をひとつ食べた。眠っているルキアは、チビと呼ばれても反応しない。背が低いのには事情があるんだと叫んだ彼女の言葉は、一護の心にも突き刺さっていた。

 一護は未だ、高校生のあの時と同じ外見をしていた。身長は伸びない。それはあの虚を乗り越えていない証明だった。

「ちくしょう」

 ルキアにできることを、ずっと考えていた。けれど何一つとして思いつかないまま、時間だけが過ぎてゆく。
 食べる気の無くなった白玉を、ルキアの為に机の上に置いておく。ルキアの姿から逃げるように、一護は部屋を後にした。最後に部屋に響いたのは、一護の立ち去る音と、すっかり話しかけるタイミングを失った、ぬいぐるみの深い深い溜息だった。

「こんな空気だと、喋る気も起きやしねえ」

 一護に飛ばされた場所から、ようやく元の位置に這い戻ったコンは舌打ちすると、ルキアの傍らに潜り込んだ。




<前へ>  / <次へ>