二人は、別れの場所に立っていた。別れは、永遠ではない。悲しみではない。それをお互いに良く知っていたから、生まれるのは理不尽な寂しさだけだった。心の空洞を埋め尽くす悲しみはもう無かった。慣れ親しんだものから手を離す、誰にでもよくある、郷愁にも似た感慨が漠然と広がっていた。
二人は、どちらともなく笑った。屈託無い、と言っても差し支えない、本心からの笑顔だった。
「じゃあな」
「ああ」
この場所に二人しかいないのは、おそらく死神たちの心遣いなのだろう。こうして二人で静かに話せる時間はたしかに嬉しいものだった。その時間の大部分は、穏やかで心地良い無言のうちに過ぎた。
最後に、一護は口を開いた。別れの挨拶よりも後、他愛無い口約束の響きで、ずっと思っていたことを口にする。
「……俺が、そっちに行って隊長になったら、お前を副隊長にしてやるよ」
にぃ、と口の端を吊り上げる様は、普段よりもずっと幼い。いたずらをそっと打ち明ける子供のような声に、ルキアは笑って言い返した。
「また私は貴様のお守りをしなければならんのか。貴様が隊長で、私が副隊長。コンはどうする?」
「部屋の置物にくらいなるだろ」
「そうだな」
浦原商店に引き取られることになったぬいぐるみの顔を思い浮かべ、一護とルキアは同時に吹き出した。つい先程、ルキアはあのぬいぐるみとの別れを済ませていた。無論、あのぬいぐるみとも、これが今生の別れだとは思っていない。いつか、また会う日がやってくる。ぬいぐるみとも、目の前の少年とも。
「仕方がない。……待っておいてやる」
まっすぐに視線を合わせる。どちらも、何も言わなかった。風が吹き、ルキアは目を伏せた。もう、言葉は何一つ必要ない。
できるのなら、手を握りたかった。それは恋でも情でもなく、ただこの瞬間が現実だと確かめたかった。けれど、その手を伸ばさないまま、二人はたしかな足取りで、それぞれの世界へと歩み始めた。
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ゆき ことごとく わすれゆく